はじめに
森のようちえんは、自然の中で子どもたちが主体的に遊びや活動をすることで、心身の成長や学びを深める保育・教育のスタイルです。近年、発達支援の理論のひとつとして注目されている「感覚統合理論」を合わせて取り入れることで、子どもが自然の中で得る体験の幅はさらに広がり、子ども自身の持つ「生きる力」をより伸ばすことができるとされています。
感覚統合理論(Sensory Integration:以下 SI)では、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に加え、“前庭覚(揺れやバランス、傾き)”と“固有受容覚(筋肉の収縮や力の入り具合)”を含めた計7つの感覚を重視します。森のようちえんの自然豊かな環境は、まさにこの7感をフルに刺激しながら、子ども自身が主体的・探究的に活動できる点が大きな特徴です。
本稿では、
- 森のようちえんの概要と子どもたちが得る体験
- 感覚統合理論の基本と七つの感覚
- 森のようちえん×感覚統合がもたらす具体的なメリット
- 感覚統合の視点をより活かすためのヒント
- 森のようちえん実践者へのメッセージ
の流れにそって解説していきます。
1. 森のようちえんの概要と子どもたちが得る体験
1-1. 森のようちえんとは
森のようちえんは、北欧を中心に確立されてきた幼児教育のスタイルを源流とし、「子どもにとって最高の遊び場は自然」という考え方に基づいています。子どもたちは山や森、川、海辺などの野外を主なフィールドにし、四季折々の変化を全身で感じ取りながら日々の活動を行います。
1-2. 子ども自身が主体となる保育・教育
森のようちえんでは、大人がカリキュラムや遊びの内容を一方的に押しつけるのではなく、あくまでも子ども自身の「今、やりたいこと」を尊重します。子どもたちは自由に動き回り、ときにはじっと自然を観察し、ときには仲間と協力して新しい遊びを生み出していきます。大人は必要に応じて環境を整えたり、見守ったり、安全を確保したりする役割を担いますが、「やらせる」のではなく「子どもがやりたいと思うきっかけを作る・待つ」スタンスを大切にします。

1-3. 自然の持つ多様性と変化
自然の地形や気候、植生、生き物などは毎日少しずつ変化していきます。湿った土と乾いた土、木の根がゴツゴツした場所、雪が積もる斜面、風で木々が揺れる音など、屋内では再現しきれないような「生きた環境」が子どもを取り巻いています。自然環境は子どもたちの五感に豊かな刺激を与えるだけでなく、前庭覚や固有受容覚にも影響を与え、身体全身の感覚を発達させる場となるのです。


2. 感覚統合理論の基本と七つの感覚
2-1. 感覚統合理論とは
感覚統合理論(SI)は、アメリカの作業療法士であるA. ジーン・エアーズ氏によって提唱された理論です。人は外界から得る多様な感覚刺激を脳の中で整理・統合することで、自分を取り巻く状況を理解し、適切な行動をとることができます。しかし、何らかの理由で感覚情報の処理に偏り(過敏・鈍感など)があると、生活や行動、学習に支障を来すことがあります。そのため、SIの視点では「どの感覚にどのような偏りや困り感があるか」を評価し、子どもに合った環境や支援を行うことを重視します。

感覚情報の処理における偏りと困り感の対応表
感覚の偏り | 主な困り感 | 提案される支援方法 |
---|---|---|
過敏 | 大きな音が苦手、まぶしい光に反応しやすい | 静かな環境を作る、光を抑えるカーテンを使う |
鈍感 | 触覚や痛みに鈍感で、怪我に気づきにくい | 触覚を刺激する遊び、軽いマッサージを取り入れる |
2-2. 七つの感覚
一般的に私たちは、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)をよく取り上げます。しかしSIの視点では、以下の2つを重要な感覚として追加します。
- 前庭覚
- 三半規管や耳石器などの内耳の器官によって得る、揺れ・回転・バランス・加速度などの感覚
- 例:ブランコに乗る、体を回転させる、坂道を歩く、揺れる馬に乗る など
- 固有受容覚
- 筋肉や関節の動き・位置を感じ取る感覚
- 力加減や身体の位置関係、重さを扱う時の感覚をつかさどる
- 例:重いものを運ぶ、よじ登る、ジャンプする、ガムをかむ など
この七つの感覚が連動しながら脳内で統合されることによって、私たちは「自分の体と周りの環境」をつかみ、意図した行動や情緒の安定を得ることができます。
七つの感覚と具体例の対応表
感覚の種類 | 特徴 | 具体例 |
---|---|---|
視覚 | 目で物を見る感覚 | 虫を見つける |
聴覚 | 耳で音を聞く感覚 | 音楽を聞く、話を聞く |
嗅覚 | 鼻で匂いを感じる感覚 | 花の匂いを嗅ぐ |
味覚 | 舌で味を感じる感覚 | 食べ物を味わう |
触覚 | 肌で触る感覚 | 砂を触る、抱っこされる |
前庭覚 | バランスや回転を感じる感覚 | ターザンロープでゆれる、坂道を歩く |
固有受容覚 | 筋肉や関節の動きを感じる感覚 | 重い物を運ぶ、ジャンプする |
2-3. 感覚の個人差と“困り感”
子どもによって感覚の受け取り方はさまざまです。たとえば、聴覚過敏の傾向がある子は工事現場などの大きな音が苦手だったり、前庭覚に過敏な子は少しの高さでも極端に怖がって動けなくなったりします。一方で、強い揺れや刺激を好む子もおり、ジェットコースターを喜ぶ子や、身体を常に動かさないと落ち着かない子もいます。森のようちえんの現場では、こうした「感覚特性のちがい」を認め合い、子どもそれぞれに合ったサポートを柔軟に提供することが重要です。

感覚特性と困り感の具体例
感覚 | 過敏 | 鈍感 |
---|---|---|
聴覚 | 大きな音に驚きやすい | 注意を引くのに大きな音が必要 |
視覚 | 明るい光に目を閉じがち | 暗い場所でも問題がない |
触覚 | 軽い触れられ方に過剰反応 | 強く押さないと触れたことを感じにくい |
前庭覚 | 少しの揺れや高さを怖がる | 強い揺れやスピードを好む |
固有受容覚 | 軽い力加減で痛みを感じる | 重さや位置感覚が乏しい |
3. 森のようちえん×感覚統合がもたらすメリット
3-1. 五感+前庭覚+固有受容覚をフルに使う遊び
森の中には、平坦な道だけでなく、傾斜・岩場・土のぬかるみ・雪が積もる斜面など、多種多様な足場があります。子どもは自発的に走り回ったり、よじ登ったり、滑ったりして遊ぶうちに、意識しなくてもバランス感覚(前庭覚)や筋力、関節の角度への意識(固有受容覚)が養われます。また、湿った土を触る、落ち葉の中に身をうずめる、馬の背中にまたがるといった、日常生活では得にくい触覚刺激も自然に取り入れられます。
遊びと感覚の対応表
遊びの内容 | 刺激される感覚 | 具体的な発達への影響 |
---|---|---|
ブランコに乗る | 前庭覚 | バランス感覚の向上、空間認識力の強化 |
雪の上で遊ぶ | 触覚・前庭覚 | 触覚の敏感さ調整、前庭覚の発達 |
よじ登る | 固有受容覚 | 筋力と関節感覚の発達 |
土に触れる | 触覚 | 手先の器用さと感覚認識力の向上 |
川で遊ぶ | 触覚・固有受容覚 | 感覚処理能力の向上と全身調整力の強化 |
3-2. 子どもが「自分で選ぶ」ことで高まる内発的な学び
SIの視点では、子どもが「好き」「楽しい」「やりたい」と思う活動のなかにこそ、最も大きな発達のチャンスがあると考えます。森のようちえんでは、子どもたちが活動を“自分で選択”する場面が多く、大人から「◯◯をさせる」場面は最低限にとどまります。これにより、子どもは過度なストレスを感じずに、かつ意欲を持って遊びや学びに没頭できます。結果として、「五感+前庭覚+固有受容覚」がバランスよく刺激され、脳の統合力が養われていきます。

3-3. 感覚統合の視点から見る「安心感」と「自己効力感」
自然のなかでは、自分の感覚特性に合った遊び方を見つけやすい反面、苦手な刺激とも遭遇しやすい環境でもあります。しかし、森のようちえんの実践者がSIの視点を持つことで、「この子は揺れが苦手だから、坂道は手をつないであげよう」「大きな音が嫌だから、工事現場がある道は避けて回ろう」といった柔軟なサポートを提供できます。子どもは“無理強いされずに済む”という安心感を得られ、自分に合った挑戦を少しずつ積み上げることで、自己効力感が育まれます。
3-4. 失敗と衝突を通しての学び
森のようちえんには年齢や発達段階が異なる子どもが混在することもしばしばあり、互いの遊び方や力加減のずれからトラブルが起こる場合もあります。しかしSIの視点から見ると、「どんな感覚ニーズがあってこの行動に至ったのか」を把握することで、大人が適切に仲裁したり、子ども同士が話し合って解決したりするためのヒントを得やすくなります。衝突を一方的に止めるのではなく、必要なラインで見守ることで、子ども自身が「相手の感じ方」を学ぶきっかけになるのです。

4. 感覚統合の視点をより活かすためのヒント
4-1. 子どもの感覚特性を観察し、必要に応じて調整する
- 過敏な子には、音や視覚刺激などの感覚情報を減らす工夫を
- もっと強い刺激が欲しい子には、体を動かす遊びや筋力を使う遊びを提案
- 子どもの状態(イライラしている、落ち着かない、眠そうなど)を見極め、必要に応じて「重いものを運ばせる」「ブランコでゆらゆらする」など感覚刺激の選択肢を示す

4-2. 遊びのなかでのアイテムや環境の工夫
- 自然素材の活用
例:落ち葉やもみがらを積んで、全身がもぐり込める場を作る/川の石や砂を使い、足裏感覚を刺激する - 移動・設置物の変化
例:ブランコの長さや揺れ幅を変える/遊具などの配置を定期的に替え、子どもに注意力や空間認知を促す - 音楽やリズム遊び
例:叩いて音がなるもの(樽、太鼓、桶など)を用意し、思い思いに鳴らしてみる
4-3. 大人の関わり方のポイント
- 見守りが基本:子どもが発達のプロセスを自分で辿るのを待つ
- 必要なときだけ介入:子どもが危険にさらされそうなときや、衝突が深刻化しそうなときだけ最小限の介入を行う
- 寄り添いながら理解する:子どもの感覚特性や“今はこの刺激が必要”というニーズを知り、共感する姿勢を大切にする
「大人の関わり方」良い例・悪い例比較表
関わり方の ポイント | 良い例 | 悪い例 |
---|---|---|
見守り | 子どもが少しの危険を経験しても自力で解決するのを待つ | 些細な行動にも介入し、子どもの自立を妨げる |
必要なときの介入 | 衝突が激化しそうな場合にだけ介入する | 些細なトラブルでも過剰に干渉する |
寄り添いながら理解する | 子どもの感覚特性を観察し、必要なサポートを提供する | 子どものニーズを理解せず、一律の対応を押し付ける |
5. 森のようちえん実践者へのメッセージ
5-1. 無理やりの「感覚統合」ではなく、子どもが主体の遊びを大切に
感覚統合理論は、子ども一人ひとりの感じ方や困り感を理解し、適切にサポートするための視点です。大人がやりたいことを子どもに「させる」ための道具ではありません。子どもが自ら求める感覚や遊びを、自然の豊かな環境のなかでどれだけ引き出してあげられるかがポイントとなります。
5-2. 子どもをよく観察し、適切な環境を用意する
森のようちえんを実践しながらSIの視点を取り入れると、子どもが「何を求めているのか」が見えやすくなります。好きな活動に没頭しているなら、引き続き見守り、苦手なことがあるなら、無理のない範囲で調整したり別の代替策を提供したりしましょう。
5-3. 大人自身も「自分の感覚」を知る
大人(保育者・支援者)自身も感覚特性を持っています。自分はどんな感覚が好きなのか、苦手なのか。どのようにリラックスし、どのように覚醒を高めるのか。自分自身の感覚を理解することで、子どもたちへ寄り添う際のヒントが増え、より深い信頼関係につながります。
おわりに
森のようちえんの根幹にある「子どもが自然のなかで自分の力を伸び伸びと発揮する」という方針は、感覚統合理論の考え方と非常に相性が良いと言えます。七つの感覚をバランスよく刺激できる自然環境、子どもが主体的に動ける自由度の高さ、それらを見守る大人の柔軟なサポートが揃えばこそ、子どもは安心して感覚を駆使し、遊びのなかで深く学びを獲得できるのです。
もちろん、子どもによって感覚の受け取り方や好き嫌いはさまざまです。森のようちえんの運営・活動に携わる方々は、SIの基本を理解しつつ、それぞれの子どもの個性や発達段階に合わせた環境づくりを工夫していくことが求められます。
そして、何よりも大切なのは「大人が感覚統合の“専門家”になる」のではなく、「子どもたちが自らの感覚や体を使ってのびのびと遊べる場を、どう大人が整え、見守るか」であること。その視点を心に留めながら、森のようちえんでの子どもたちの遊びと学びをぜひ深めていってください。
参考資料
以下のページに、感覚統合についてのポッドキャストや参考書籍などの情報をアップしています。
感覚統合の考え方を知って、子どもたちの育ちの場づくりに、ぜひ活かして下さい。
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